4時30分、朝日に輝く芦別岳。旧道コース登山口に向かって出発する

 5〜6月の芦別岳本谷コースは岳人憧れの雪渓コースとして知られている。谷が積雪で埋ま り、両岸からの雪崩や落石の危険が比較的少ないこの時期が登頂チャンスである。実は、昨 年初秋、旧道コースの北尾根から眺めた鋭い山容に感動し、また、キレットから見下ろした本 谷(地獄谷)は身震いするほど急崖で深かった。数少ない情報を調べているうちに、本コース を登頂できるだろうと思えるようになり計画を温めてきた。

 予想以上の危険が伴うので単独で挑戦することを決断した。この日のために、すでに4月末 に羊蹄山のスキー登頂と滑降、5月初旬の群別岳→奥徳富岳縦走と準備をしてきた。
 今日も快晴である。モルゲンロートに映える山頂めざして旧道コース登山口を出発する。ユ ーフレ川左岸の道を行くが、途中、大きな高巻きと硬く締まった残雪上のトラバースには緊張 を強いられた。夫婦沢の丸太橋を渡り、左手に三階の滝が現れるとやがて小さくて風情のあ るユーフレ小屋に着く。


ひっそりと佇むユーフレ小屋

 
 これから始まる未知の領域への突入を 前に一息入れる。ユーフレ川左岸を30分 も進むと第一の難関ゴルジュである。幸 いにも(予想通り?)まだ厚い雪渓で埋ま り難なく通過できた。谷はまだ日陰で雪 は固く、インゼル(岩の島)を越えてから 安全を期して早めにアイゼンを装着し た。

 両岸のルンゼ(岩溝)から雪崩れた大き なデブリや雪渓上に散らばる大小さまざ まの岩石に、本コースの厳しさが実感さ れる。突然、先行者によって誘起された 両拳大の落石が横を掠めていく。1100m 付近で若干傾斜が緩み、振り返ると富良 野・十勝連峰が残雪で輝いていた。

 やがて雪渓は右に緩くカーブしながら一 稜の裾に沿って左カーブし、稜線のお花 畑に向かって40度を超える急斜面の直 登になる。本コース最後の難関である。 踏み外すと500mの滑落は避けられず致 命的で、失敗は絶対に許されない。

 表面数cmのザラメ雪の下は固く締り、 ピッケルの石突が容易に刺さらない。数 回繰り返して深く差し込み、確保して次に アイゼンを硬雪に蹴り込む。20歩、10 歩、5歩と休憩回数が多くなる。

 ふくらはぎが痙攣しそうになる。背筋を 伸ばせないから、太ももにも大きな負担 がかかり苦痛に顔がゆがむ。後ろという より下を見ると物凄い恐怖感に襲われる ので、股間から下を見る。突然、一稜か ら小石の落石が立て続けに起こる。

 「ラァク(落)!ラァク(落)!」と後続の 男性が叫ぶ。一稜を登攀中の人がいる らしい。忍耐の時間が過ぎ、やがて傾斜 が緩むとそこは旧道コースから山頂に取 りつくハイ松帯であった。9時37分ついに 登り切った。心地良い疲労感と達成感に 満たされる。ゆっくり休んで、頂上に向か う。

 山頂からは遮るものが何もない、360度 の大展望が楽しめた。富良野・十勝・大 雪連峰はもとより、すぐ隣のポントナシベ ツ岳とその背後に夕張岳、遠くにはまだ 真白な増毛連峰。足元に目を転じると、 登ってきたばかりの急峻な本谷コースが 俯瞰される。まさに地獄谷である。

 何時まで居ても飽きないが、新道コース から下山することにした。こちらの東側斜 面も急斜面で滑落の危険がある。1週間 前に夏尾根から滑落して救助された登山 者の話しを突然思い出す。日当たりが良 いため、一転して柔らかな残雪上を心地 よく下る。

 気が緩んでいたためか、途中ユーフレ 小屋に向かう覚太郎コースへ迷い込んだ ことに気づく。が、すぐに東側の尾根に戻 って無事新道コース登山口に到着した。 山部太陽の里キャンプ場の芝生で遊ぶ 母子達に初夏の暖かい日差しが降り注 いでいた。

≪タイム≫
2006.5.21(日)
4:58 旧道コース登山口発、6:28-37 ユ ーフレ小屋、7:00 ゴルジュ通過、8:25- 38 1130mで休憩、9:35-10:20 山頂基部 ハイ松帯で休憩、山頂へ、10:45山頂 発、12:53 新道コース登山口着

最初の難関ゴルジュ、積雪で埋まって いたので難なく通過することができた


両岸からの雪崩と落石で埋められた 雪渓を登っていく


ついに山頂基部のお花畑(まだ雪の 下)に出た


山頂から俯瞰する本谷コース。いかに 険悪急峻な谷かがわかる。まさに地獄 谷である

山頂から新道コースを下山する。ここも急斜面で滑落の危険がある
下山中の2人が見えますか?


芦別岳全貌、お気に入りの一枚である。13時50分撮影

2006.5.21(日) 土田 猛

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